高齢者イメージ

後期高齢者になっちゃいました

とうとう75歳の誕生日を迎え、後期高齢者と呼ばれる年になっちゃいました。 自分は、もともと喘息でしたし、種々アレルギーもあり、50歳台からは高血圧症、高脂血症の薬を服用していました。腎臓の数値も良くありません。腎臓は父親譲りです。父の死因は腎不全でした。

その上に59歳から71歳くらいの間で、小脳梗塞、網膜剥離、心房細動、狭心症、脊椎管狭窄症、熱中症、帯状疱疹、尿道閉塞といろいろと病気に罹ってきました。幸いなことに、糖尿病と癌と肝臓病とは無縁でした。 小脳梗塞の時は、「後、数ミリで梗塞の範囲が脳幹に広がり、そうしたら呼吸が出来なくなります。可能性は五分五分です。」と言われていたそうです。その時に、自分は空を飛んで病院を俯瞰した夢を見ていました。尿道閉塞の時には、カテーテルを入れて導尿袋を下げての生活でした。

そんな状態でしたから、数年前コロナが流行った時には「自分は,脳、心臓、肺、腎臓の病気持ちだし、罹ったらこれで終わるな」と思って生活していました。同居している次男家族が次々にコロナに罹った時は、「今度は自分だろうな~」と思ったものでした。しかし罹りませんでした。今年の1月末頃からはひざの関節が痛くて今も杖を突いての生活です。

設計の様子イメージ

こんな状態でいながら、お陰様で今もなんとかやっていけて、今は人生初めて、宗教施設を設計から手掛けさせていただいています。昔少し勉強した、神社仏閣の構造に関する用語などをまた復習しながら図面を書いています。

なる前はそんな切実には感じなかったのですけれども、いざ後期高齢者の仲間入りをして痛切に思ったことがあります。

後期高齢者イメージ

後期高齢者と言う呼び方は気に入りませんし、実感としてまだ後期と呼ばれるほどそんなに歳を取っているというものはありません。

呼び方を変えるべきです。

まだまだ若い65歳から74歳までは前期高齢者で、75歳から84歳までが中期高齢者、85歳以上は、高貴高齢者と呼ばれるべきです。 「後期」というと、もう人生の終わり、と言う考えになってしまいがちです。 病気に多くかかるようになり、気力がだんだんなくなっていくのに、追い打ちをかけることになってしまいます。 

自分は75歳になって保険証が変わり、膝もなかなか直らないし「後期と言うのはこうなってしまうんだな~」と思ったものです。しかし、今、全くやったことにない仕事をさせて頂けて、また勉強させてもらい、「もうちょっと」と思っているところです。 76歳で中期と言う呼び方だと、高貴を目指して「まだまだ」と思えると思います。 後期は目指すべき目的にはなり得ません。 高貴は目指せます。 まあ、自分がそう思って生活すればよい事ですから、他人様に何のかんのいう事ではないと思います。しかし、自分が思うに、役人がつけた「後期」と言う呼び方には、この呼び方に微塵も思いやりが無いという事に思い至らない、無感情・無慈悲・傲慢を感じてしまいます。

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