第二次大戦イメージ

12月8日のメディアの反応

2020/12/25

今年の12月8日の新聞を読んで思ったことがあります。 12月8日は、何があった日でしょうか?

山本五十六長官率いる日本帝国海軍連合艦隊が、ハワイパールハーバーにいたアメリカ海軍の太平洋艦隊の艦船に奇襲をかけて、あの日本国民数百万人の犠牲を出した、太平洋戦争が始まった日ですよね。
あれは、自分が優秀だと思っていたが、本当は自分だけがそう思っていた、独りよがりなだけの無能な軍人官僚集団が引き起こしたものだと、一応反省にはならない解釈が通り相場になっているのでしょうか。

数年前は、この日にはほとんどのメディアが、どうしてあの戦争に向かってしまったのか?どういう風にすれば、無駄な命を捨てさせることをしないですんだのか?その教訓をどうやって生かせるか? と言うような記事や番組があったように思います。自民党の安倍政権が永くなるのと比例するような感じで、そういった報道が少なくなったように思うのは独りよがりの考え方でしょうか。

近頃は、アメリカが謀略で日本を引き釣り込んで起こした戦争で、日本は仕方が無かったというような論調に変わりつつあるように思います。そのうえ、「現在の日本の繁栄は、英霊となった人たちの犠牲の上に成り立っている。靖国神社に祭られている英霊たちに感謝の真心を捧げなければならない。」などという事を言っている人たちがテレビなどでは幅を利かせているように思います。 日本人の大量殺略につながる戦争を起こし指導した人間が一緒に祭られている神明造の建物に、「お参りしなさい!」と。

私の考えでは、戦争で戦って亡くなった、だまされたように戦地に行かされて亡くなった多くの人たちの御霊に対する尊崇の気持ちはいっぱいです。西南の役で西郷方に就こうが政府側に就こうが、むしろ会津藩士も一緒にしてもらいたいくらいです。そうであれば、必ずお参りに行くと思います。しょっちゅう、飯田橋、九段下まで行っていますから、決して苦にはなりません。そこの近くの東京大神宮にも時々ですがお参りさせていただいています。 疑うことなく祖国のためにと思って死んでいった方々に対して、心からお参りさせていただきたいと思っています。

A級戦犯を合祀した宮司さんは、 ―「死んでしまえば皆一緒」― の博愛精神の発露としてしたことなのでしょうが、私としてはちょっとばかり受け入れがたいです。

また、脱線しました。ここのところはここまでにします。
12月8日の新聞などで見られなくなった、開戦に対する考察が無くなったことを考えていたのでした。 2件、目につきました。そのうちの一つは毎日新聞のコラムにありました。当時のほとんどすべての日本人がアメリカ合衆国との国力の差を十二分に認識していても、戦争に突き進んでしまった理由を、ときの権力者は国力の差を対外危機の扇動に使って、戦争を始めた、という説を披歴していました。

もう一つ、ニュースニフティーに、 「なぜ日本は真珠椀攻撃を避けられなかったのか」そこにある不都合な真実  と言う記事がありました。長い文章ですので、本当に、本当に簡単に、私の勝手な解釈をすれば、怒りから戦争をおっぱじめた!という事で、怒りの原因は、アメリカの文書(ハルノート)でした。と言うものでした。

今度は政府が射程の長いミサイルを開発して配備するといっています。ボタンを間違って押せば大変なことになる武器を実戦配備するという事です。

偶発的に大陸に向かってミサイルが飛んでいくことを考えると、・・・。邪なものが自衛隊員で、ボタンを押す部署にいたとすると・・・。
戦争した時に勝てるように用意するよりも、もっと戦争をしないようにするにはどうするかを、考える方向づけをできないのでしょうかね。

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