「日本」の防衛力は大丈夫か?

今、約30年ほど前に岡田建設で工事をやらせていただいたた、宗教施設を併設した建物を、もう一度同じような仕上げで建ててほしいというご依頼を頂きました。前の建物を倣うわけですから、普段よりもずっと時間もかからず図面を書きあげ、概算の見積も出来ます。30年前に建てられた建物は、和風を強調した建物です。今までに外装に関して一度大規模な化粧直しをしています。
屋根は瓦、外壁はリシンカキオトシ、樋・土台水切り・霧除け屋根等は銅製です。内部仕上げは玄関床に御影石、廊下は檜の縁甲板。壁は新京壁塗り、腰に突板張り、絹を袋張りするなどしていました。天井は敷目板、青森ヒバの羽目板を張る。大雑把にそのような仕上げです。

襖については自分のこだわりみたいなものなのですが、縁は五分五輪と細くして黒漆艶消しの仕上げ、それに絹で上張りした仕上げです。襖の縁は、標準は7分です。関西は細縁にはしないようで、雪国は太くするようです。
そしてその襖のことで、とんでもない事態に直面しました。材料がそろわないのです。 ちょっと前から、材料だけではなく込み入った仕事のできる職人も不足しています。30年前から細縁・艶消し塗りは特注でした。しかし、何の心配もなく調達出来、それにしたからと言って工期が遅れることはありませんでした。 
ただその当時でも畳表に関しては難がありました。当時から畳表の一番は備後表でした。そして織の備後表を作れる人は知る限り90才くらいのおばあちゃん1人でした。出来たものは神社仏閣・有形文化財などに納められていました。それにしたいと考えましたが、記憶ではその当時4年待ちみたいなことを言われ、あきらめました。 現在備後では手織しているおじいちゃんが一人いらっしゃって、手織備後表の伝統を守っておられます。
今現在、畳表は機械織がほとんどです。それも日本国内で流通している畳表は中国製が大部分で、国産も九州産のものになっています。


襖の縁の話です。うちの経師屋さんからのお話で、そこのルート(問屋経由)では特注を扱っていません、と言われました。 話を聞いたところ、問屋さんでは、そもそも以前から襖の需要が少なくなっていたし、コロナ禍のあたりでは仕事も無くなり経験豊富な番頭さんから若い人に変えていったみたいで、その時に知見やルートの継承がされなかったようです。 思えば、50坪60坪くらいの大きな家であっても和室は一部屋で、和室を造らない時もありました。建売住宅クラスでは和室は無かったですし、協同住宅でも畳は敬遠されだしていました。
超高級品に属するこちらの言っている襖の仕様は若い番頭さんには聞いたことも見たことも無いというのです。(番頭さんなどというのも時代劇ににしか出てこないか?)経師屋さんが伝えようとしても、こちらの仕様の言葉も分からないようでした。 縁の仕上げは漆ではなくカシュ―塗り。下手すりゃプラスチック。襖紙の標準は新鳥の子紙、芯は段ボール。 会社にある鳥の子襖紙の見本帳の厚さは8cmほどありますが、実際に手に入るのはその中の三分の一もありません。そして手に入る紙の見本帳は作られません。販売者に見本帳を作り直す余力が無いという事なのです。
障子紙についても手漉きの和紙は、あるものを集めてもらう、という事になります。和紙の作り手は注文数が100枚とかにまとまってから漉き始めるという事も聞いています。


お陰様で、以前の建物を手掛けてくれた左官職人さん、年は取りましたが健在で、職人を続けてくれています。リシンカキオトシ仕上げ、京壁塗りは安心です。弟子はいないのでこちらで手元を付けてあげれば足場作業も出来るはずです。今の足場は、30年前と比べて格段に良くなり、安全に作業が出来ます。自分が小脳梗塞になった後、足場に上った時も不安を感じる事はありませんでした。これはかなりの進歩です。
当時に手掛けた大工職人は、まだ岡田建設の社員として働いてくれています。計画段階で、若い社長にいろいろとアドヴァイスしてくれています。実際に工事に入った時に目が輝いてくるのではないでしょうか。このようなことを書いている自分自身が、「かなりのめり込んでいる」と注意されたりしています。
もう一つの懸念材料が木材関係、銅の金額の動向です。木材は円安傾向を見越して在庫していた木材が今年いっぱいで底をつくというのです。円安の中で買い付けたのが、年明けから出回るので値段が上がります。それは輸入材です。今度の建物に使いたい材料は銘木級です。糸柾の柱、造作材、900㎜幅の天井板は探してもらいます。縁甲板などでさえ余裕を見て準備しなければなりません。

令和6年、海外からの旅行者は史上最多となりました。アニメの整地巡り、ラーメンとかたこ焼き等の食べ物など、現代日本のカルチャーも求めて来日する人たちも多くいます。 しかし、もっと多くの外国人旅行者は数百年、あるいは千年を超えた日本の伝統を感じたくて来日するのだと思います。 
建物・施設で言えば、エジプト、ギリシャ、メソポタニア、インドなど多くは、大部分が石でできています。装飾は金などが多く用いられています。経年劣化の年数が非常に長いのです。 それに引き換え、日本の建物は木、紙、土でできています。石に比べて経年劣化の時間が短いのです。常に短期間で補修しながら維持しなければなりません。補修するのも昔から継承されてきた技術が必要です。昔からの道具も必要です。 それが危機に瀕しているのです。 全くと言っていいほど、個人の意地と善意によって継承維持されているのです。
日本の政府、国家は何もしていないというのが実感です。 ミサイルと飛行機と艦船と戦車で「日本を守るんだ!」「戦争をして勝てる国にしなければならない!」「国民もそういう覚悟を持たねばならない!そういう教育をしなければならない!」 という事のようです。 しかしこれは勘繰りというよりも事実だと思っていますが、ミサイルなどは権力者にとっては金の生る木。自分たちの欲望をかなえるために必要なものなのです。 
なぜ戦争をするか? 日本を守るため? そんなことを考えていないはずです。自分たちの欲望さえ満足させればよいという考えだけです。 日本の文化?なにそれ! 日本の文化とは、高級料亭のお座敷で高級料理に舌鼓を打ちながら芸者を上げて遊ぶことと考えているのでしょう。この人たちが高級と考える対象が、芸者や高級料亭でなくなったら、そういった日本文化も消えるのでしょう。こいつらを教育しなければ日本文化、日本は消える、そう考えられます。
そもそも、戦争がもたらす結果がどうなったかは言わなくても分かり切っています。鶏が先か、卵が先か、の議論になりますが、「平和でなければ文化は継承されない。平和を守るためには、より強力な武器が必要」この考えの行きつく先が「国が蹂躙されるようになれば、その国の文化は抹殺される、そうされないために防衛力は他国よりも強くしなければならない!」 その裏の本音は「カネが回ってくる!」です。それだから、金にならない、権力者の興味が行かない、日本文化の継承者は個人の意地と努力によってのみ継承されているという事になっているのではないでしょうか。


うちの茶道のお稽古は8月がお休みです。 去年の秋口にお抹茶を買いに池袋の百貨店に行きました。いつもの茶鋪のお店に行ったところ、いつものお抹茶が売り切れていました。「いつ入荷になりますか?」と店員さんに聞いたところ「今後に入荷はわかりません。ネットで購入した方がよいですよ。」と言われてしまいました。
聞くところによると、外国からの観光客が3つ4つと買って行ったのだそうです。なぜそういうふうに売るのだろう? 茶道で抹茶を買う人たちは限られていると思います。だから年間の製造数もほぼ変わらないと思います。いつも買いに来る人達のことを考えなかったのかな~? 売れればよいとだけ考えているのかな~? 抹茶屋さんのお店の店員さんたちは茶道を習っていないのかなあ~?
富津あたりでは一年ごとに耕作放棄田が増えている印象です。 ここも耕さなくなっちゃった~。というのを見受けることが多いです。 鴨川の山の中には棚田があり、景観を楽しむ観光客が行っています。能登の棚田は地震と豪雨災害で痛めつけられてしまい、観光客も行けなくなり継続の危機が言われています。 棚田は、稲を作る田んぼとしての機能ではなく、観光資源として存在している田んぼであるように思います。 そうしなければ田んぼは存在しえないのでしょうか? せっかく何代にもわたって耕作していた田んぼが無くなっていく。お米を作らなくなっていく。
去年の夏ころにお米の値段が上がりました。外国からの観光客が日本食を食べるようになってお米が不足して値段が上がった、などとのたまわっている農林水産省。 何千万人か知らないけれど来日観光客が全員どんぶり飯を三食食っているとは思えません。ラーメンも食べています。外国からの観光客がラーメンを食べるようになったからと言ってラーメン不足は言われませんでした。 外国観光客は大事な収入源であることはしょうがないとは思います。でも政治は日本人の普通を守らなければならないでしょうに。
お米を作る場所さえ守れない。日本人が普通に食べている量のお米も確保できない。
こんなことでは日本を守る事はできない。
政治屋などが腐っていて、内部崩壊して日本が無くなるのかなあ~~

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