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「掃除道」の記事を読んで

2019/12/30

“掃除道に生きる” 田中義人氏

2019.9.15日付東京新聞を読んで

「掃除道」とは、掃除を通して、環境を美しく整え、自己の気づきを高め、世の中から心のすさみを無くし、ひいては心豊かな社会を築いていこうという、イエローハット創業者鍵山秀三郎さんが「掃除道」を通して世界を変えようと提唱したものです。
田中さんのコラムを読んで、自分の掃除(小)道について書こうと思いました。
自分は、鼠蹊部の激痛が出始めた1月末から、9月になってもまだ再開していませんが、家の周りの道路清掃を続けていました。どこかに書いたと思いますが、 掃除道とは関係なく、隣の会社が新座市に移転し、その会社の社長さんが続けていた道路掃除が無くなって、道路が日を追うごとに汚れて、ごみが目立ってきたのが、何か、自分がその社長さんからとがめられているような気持になったからです。(その社長さんは絶対にそのようなことを思う人ではありません。)
十数年前から、雨の日も風の日もなどということはなく、晴れた平日の朝のみ、清掃活動をはじめました。脳梗塞になって3か月ほど休み、網膜剥離になって2週間ほど休み、もちろんお正月も休みで、雨が降っても休むというくらい、全然気張らずにやってきました。但し、風邪などで熱が出ても、狭心症で救急車に乗った後も、すぐに再開してお掃除・・・女房殿からは、叱られていました。当然ですが。
やり始めると、掃除が終わりきれいになった道路を見て、気持ちが良くなることは確かです。達成感というのでしょうか。 少なくとも自分は、よそでも道路を汚す気にはならないです。 始めて何か月がすると、もう病気です。 道路に水を撒いて仕上げをするようになりました。だんだんとその症状がひどくなり、道路に寝ても服が汚れないくらいきれいにしなければ気が済まないようになりました。こうなると膏肓に入る状態ですか。ただの潔癖症ではなく道路潔癖症?
何もここまでやる必要はないのにと思いつつ、やめられなかったのですが、ある夏、水不足の心配があるというくらい梅雨時に雨が降らない年に、水まきを毎日するのをやめました。そのあとわかったことですが、ちょっと強い雨が降ると、鳥のフンなどが流されて、一帯の道路はきれいになります。 自分の水まきは何だったのだろう・・・  但し、砂がL型溝にたまります。

涵養庵 前の道路

最近、痛みもだいぶ和らいできたのと、朝は涼しく感じられる日になってきたので、近いうちに再開しようかと思っています。休んでばかりだったので体力が落ちているので、それを回復させねばなりません。掃除の再開は、その出だしにするつもりです。 自分自身の体力を回復させるという目的で再開する道路清掃が、捨てられたタバコの吸い殻やゴミの無い、きれいな道路をみて、気持ちよく感じてもらえるならば、うれしいです。自利が利他となる。それは仏教ですか? 禅ですか?

初めはそうではありませんでした。最初は、隣の社長さんに対する対抗心みたいなもの。そのうち、やっているぞ!きれいだろ!どうだという自己満足、それから、やらないと気が済まなくなり、只、掃除をするという気持ちになり、それを喜んでいてくれる人がいればそれはそれで良し!となりました。これは東新町の1丁目12番地の周りをきれいにしようという「掃除(小)道」でいこうと思います。

公共的な場所を汚さない、公共物を壊さない、規律・時間を守る、という事は、日本人が世界でも特殊な考え方を持った民族なのでしょうか。 いいえ、そう考える、あなたが特殊なのですよ!という声が聞こえてきそうです。
タバコのポイ捨てをする人もいるし、運転業務をしている運転手がタバコの吸い殻を、全部道路に捨てるのもいるし、ティッシュを使って丸めてポイ!もいる。 家庭ごみをコンビニのゴミ箱に押し込んでいる人もいる。その反面、ゴミを拾い、それを掃除する人もいる、という事です。

ここはひとつ、掃除といかなくても、ポイ捨てをする前にちゃんとゴミ箱に捨てることから初めていかがでしょう。

おまけコンテンツ!!

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