自分は、一昨年2023年の9月から12月にかけては熱中症、帯状疱疹、インフルエンザ、尿道閉塞と立て続けに病気になってしまいました。昨年2024年は前年末からの尿道閉塞の為に年初は導尿袋を下げた生活ではあったものの、その後はさしたる病気もしないで過ごせたのを有り難い事と思いました。そのような体調だったので、’24年後半は、ある難しい建物の設計の仕事がすこぶる順調に進められた。健康というのは本当に大事です。
このような状況で2025年は明けまして、今年は何事もなく過ごせればよいな、と思っていたところ、現実は甘くはありませんでした。1月の末頃から、ちょっとしたことで左足の膝がだんだんと痛くなり、歩くのが困難になってしまいました。ちょっとしたことというのは4才の孫を追いかけて階段を上った時に、周り階段部分で膝をひねったようだったのです。
自分は普段、大きな荷物が無い限り4階まで階段を使うようにしています。だから急に思い立って孫を追いかけて階段を使ったわけではないのです。たまたま「孫が階段で行く!」と言って上がってしまい、けがをさせてはならないと、いつものペースではない速さで追いかけたのがまずかったのです。周り階段部分で膝をひねったように感じましたが、その時は痛みが無かったのです。その後1~2日したらだんだんと膝が痛くなり、普通に歩くのがきつくなり、仕舞っていた杖が必要になってしまいました。
このままではまずいという我慢の限界を感じて、何かとお世話になっている近くの整形外科医院に行きました。レントゲン検査の後、骨は大丈夫と言われ、その後に超音波による検査を受けたら、ひざに水が溜まっていることが判明した次第です。
「膝に溜まった液を抜いて、軟骨や靭帯に損傷が無いかを調べます」という事で、注射針を刺されて液を抜かれました。結果、黄色っぽい色をしていました。「これは損傷してないという事です。」という説明でした。サポーターを巻いてもらい、「1週間から10日くらいはなるべく安静にして過ごしてください。1週間後にもう一度診せてください」と注意を受けて、処方された薬を薬局で買い帰宅しました。薬局までは医院から100mもありません。歩くのは痛かったのですが、杖を突きながら歩いて行きました。歩くことが出来ました。


4日もすると痛みがすごく軽くなりました。 まずいことに、それが油断を生みました。
74才という年齢を忘れていました。 要するに若いころと違って、直りが遅いのです。筋力は衰え、体重だけが増えています。それが分かっていなかったのです。痛くなくなったというのは痛みに慣れただけなのかもしれません。実際は直っていないのです。
痛みが軽くなると、すぐに歩くときに杖を使わなくなりました。家の中では、びっこを引きながら歩いていたのですが、外では普通に歩き始めました。見栄っ張り!!!です。 そのような中で、半日はいなければならない、とある祭典に出席し(かなり歩きます)、翌日は岡田建設とのお付き合いが創業時からの70年くらいになる業者さんの告別式に出席しました。
もちろん、杖を使いません。少し足を引きずるようにして歩きました。そこの斎場でお見送りさせていただきました。本来ならば火葬場に行かねばならない方だったのですが、膝の方に自信が無く、行けませんでした。
そのご葬儀は葬儀場の第一会館であったのですが、見ると第二会館で数年前に施工させていただいたお施主さんのご葬儀が行われることに気づきました。 のぞきますとご遺族の方がいらしていて準備をしておられました。家族葬で執り行うというお話でしたが、そこでお線香をあげさせていただきました。一日で二つのご葬儀のお役を務めて帰宅しました。

二日連続このような行事があるということはあまりありません。斎場の中で2か所のお参りをしたこともありません。普段よりも歩いたのですが、帰宅しても膝には思っていたほど痛みは感じませんでした。 そして、夕食の用意に取り掛かり、その用意は終わりました。その間は立ち続けでした。 ふっと、別の調理を思いついて吊戸棚から大き目の鍋をつま先立ちをして取り出そうとしたところ、鍋の蓋が転がり落ちそうになり、とっさにつま先立ちの足を延ばしました。少し体をよじったかもしれません。これも油断です。
やっちまった!瞬間、膝にものすごい激痛が走りました。その場から動けなくなってしまいました。ようやっと、椅子に座れましたが、痛くてテーブルに頭を置いてじっと我慢をしていました。
長い人生で痛いのは何回も経験しています。しょっちゅうやっていた、ギックリ腰も痛かった。尿管結石も痛かった。けがは現場では付き物でしたから何回も経験しましたが、あまり痛いと思いませんでした。けがをするのは、ちょっとした気のゆるみ、油断です。他人に話せないし、痛いそぶりを見せないようにしていました。

それから、脊椎管狭窄症での痛さがものすごかった。最初のうちは「なにか腰が痛いな」くらいでしたがだんだんと痛みがひどくなってきました。ベッドで起き上がるのに数分間かかり、そこから10mくらいのトイレに行くのに数分間かかるようになってしまいました。トイレに行っても便器に座るのに時間がかかりました。座って、出すのも痛いのです。とにかく痛くて動けなくなってしまいました。痛くて夜、目が覚めました。
今回の痛さは脊椎管狭窄症での痛さに匹敵するくらいのものでした。脊椎管狭窄症での痛さは数か月間痛さが続きました。しかし、今度の膝痛はあの時ほど長く続かなかったことが救いでした。痛さはどっこいでした。
翌日やっとの思いで整形外科医院にいきました。「安静にするように言ったでしょう」と言われながら、また膝の液体を抜かれました。今度の液は真っ赤なのです。「靭帯が切れたりしていたらこんな色ではない。軟骨の一部がはがれたのか、そんなところでしょうね。」という診断でした。「安静にしていなきゃだめだよ!2週間くらいしたらまた診せてください。」 杖ではあまり歩けないので、松葉杖を借りて生活するようになりました。
1週間したら、ようやく痛みが軽くなりました。今度は松葉杖も、杖も手放しません。恰好が悪かろうと何だろうと。整形外科の先生が「もう普通にしても大丈夫です。」と言われるまで、油断しないで、大事に、大事に過ごします。