パレードイメージ

祝賀御列の儀、パレードのこと

2019/12/22

今日25日の東京新聞の朝刊に、警備に見る警察の「力」という、「祝賀御列の儀」警備について面白い意見記事があった。自分もあのパレードを赤坂の豊川稲荷の坂上で見送りました。警察発表の人出は約12万人。警備の警官は約2万数千人。大雑把な言い方になるけれども4人に対して一人の警官が警備していた勘定です。

いわゆるオープンカーに乗って祝福を受けていた天皇皇后両陛下の笑顔は素晴らしかったと思います。沿道の皆さんもそれを素直に喜んでいたことは間違いない事でした。

しかし、あのパレードを見るまでに、そしてパレードが通ってからの警察の行動について感じたことは、違和感そのもの・・・。

まず、そういう事だからしょうがない事だとは思うけれど、身体検査を受けねばならない。かなりな時間待たされた。杖を突きながら行ったので、自撮り棒はダメと聞いていた。武器にもなり得る杖をダメと言われたら見るのをやめて帰るつもりだった。杖はOKだった。映画の見過ぎだとは思うけど、仕込み銃だとかだったらどうするの? 4歳くらいの子供たちまで身体検査をしていたのには正直驚いた。日本でも、子供を使って、自爆させるとでも考えているのでしょうかね。

結局間に合わなくなって、身体検査をしないでも見ることが出来たように報道されていた。なんのために並んだのだろうか?

通る時間まで、かなりあった。立ったままだと足が痛くなるので、ガードレールに寄りかかっていた。 警官から、パレードの時間が近づいたら、寄りかかってははダメだと言われた。なぜ寄りかかってはいけないの?ガードレールが倒れるからかな?
しかたなく見物の人たちの中に入ることにしました。

朝日新聞デジタルより転載

朝日新聞デジタルより転載

 

いよいよ、車列が近づいてきた。パレードの車列の中で、両陛下以外で、いわゆるオープンカーに乗っていたのは、きらびやかな制服を着ていた人たち。4台位ありました。両陛下の写真を撮るのに夢中で、総理大臣とか、国会議長が乗っていた車を見過ごしたのだろうか。しかし、あの、屋根のついていない車に乗っている人たちはよーく見えました。あの人たちが、こちらを見るとか会釈するわけでもなく、ただ前を向いて座っている。そんなら、いらなくないですか?

後から思いつきました。警察官僚ですね。 警備される側にいて、いざ何か事が起きたときには部下に任せることなく、自分たちが両陛下を、身をもって守ろうとしているのでしょう。

だけど一緒になることはないと思うけどなあ。誰のパレードなんだろうかと・・・

パレードが通り過ぎて、ほんとにすぐに枠の撤去作業が警察官の人たちにより始まった。鉄製のガードを取り外して数か所にまとめている。そばでは帰る人たちがたくさん歩道を歩いている。その人たちの事を何も考えないかのように、一所懸命に片づけている。早く終わらせて早く帰りたいのでしょうね。それが人情だよね。

通行人は邪魔!みたいなのもいた。片付けているから気を付けてください!と大きな声を出している人たちもいた。通行人の安全を考えて呉れての声なのでしょうね。たぶん。 だけど、この日の警官のお仕事は、パレードが無事に済めば、今度は雑踏警備に移るのではないのですかね。たくさんの人たちが引き上げて歩いているのだから、その人たちの安全を考えるべきではないのでしょうかね。 あの行動はそんなことは考えていないように見えました。

パレードが無事に終わった。警察の面目は十分に満たされた。あとは一般人は邪魔なだけ。 かなりへそ曲がりな見方かもしれません。

思うに、一般警察官があの日に守ろうとしていたのは、実は、自分たちなんですよ。きっと。

何かあったら、その場所を警備していたグループの責任者は処分を受ける。その上司も同じく。自分たちも連帯している。自分たちに火の粉が降りかかる。それを嫌がっての警備行動。

この日の、守る対象は、天皇皇后両陛下ではなく、警察組織だったのではないのでしょうか。

祝賀のパレードを見に来た人たちはみなさん大人しかった。飼いならされた羊見たい。

香港では、警察官が市民に実弾を発砲している。 日本で、警察がそうならないように祈ります。

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