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新年のご挨拶-2024年

令和6年の新春を迎え、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

改めまして、あけましておめでとうございます。 皆様方に置かれましてはご家族皆で穏やかに新年をお迎えになられましたことをお悦び申し上げます。 

お悦びもここまでです。今年のお正月は1日の夕方からテレビに釘付けになりました。能登半島で震度7という大地震が発生しました。それのより津波も発生したくさんの家屋が流されてしまいました。せっかく地方から久しぶりに帰ってきた個族との団らんも一瞬にして壊れてしまい、楽しく過ごすはずだったお正月が、大変な不自由な中での避難生活を余儀なくされてしまいました。 自分はこのような津波とかの映像を見ると、2011年3月11日を思い出しまだ涙がこぼれてきます。 あの時、自分は小脳梗塞を患ってまもなくで、自分たち家族のルーツで、多くの被災された親戚がいたのですけれども、自身が直接被災地に行き、お見舞いし、何らかのお手伝いもできませんでした。病気になって何もできなかった事が情けなかったことを思い出されるのです。その代わり、今度社長になった次男や長男が代わりに行ってくれたのを思い出します。

2日には羽田空港で航空機事故でした。能登に向かう予定の航空機に着陸した旅客機が衝突するという事故でした。ぶつけられた航空機の乗員5人が無くなられましたが、旅客機に乗っていた400人近い乗客乗員には犠牲者が出なかったのは幸いでした。

 とんでもない事件事故で幕開けした令和6年です。 被災者の方々、事故で亡くなられたご家族の皆様には本当に申し訳なく思ってしまうのですが、自分自身としましては、病気続きの4か月を過ごしながらも、無事に新年を迎えることができた事が、ものすごく有難く感じられます。 

お知らせの通り、岡田建設株式会社の代表取締役は岡田直也になりました。 私が代表取締役になりましたのは40歳となった33年前でした。 本当に長い間務めさせていただきましたことは、皆様のご支援、ご鞭撻があったからこそと、心から感謝申し上げます。今後は岡田建設株式会社の3代目になります、まだまだ未熟な若い社長を 応援していただけますようにお願い申し上げます。

 出だしに躓いた感のある令和6年の新年に思う事は、何よりも健康を維持することという事になります。 そうでないと、新社長を後ろからさせることもできません。 10数年前の小脳梗塞以来、心臓などいろいろと病気にかかりながらも生かしてもらっていますが、いつお迎えが来てもおかしくはないとは思っています。今回もう少し時間を頂けたのかなと考えるお正月です。

 岡田建設の仕事は、新社長が前面に出て進めていきます。自分は銃後の守りと、社会貢献を少しばかり続けていきたいと考えています。 

これまでの保護司の活動はもう少しで定年になります。 茶道教室も現在の子供たちに“日本の文化を継承してもらいたい”という思いからやり始めた活動です。 習っている生徒さんに着物を着せて、茶道をしてもらいたいと思い、着物を集めています。 その夜なことも含めてもう少し充実させていきたいと思っています。

それから、昨年、女性自立支援の組織を応援する機会が出来ました。 これにも、自分なりの思惑があります。 その子たちに着物を着せたいというのもあります。日本文化の奥深さというよりも、現代風に楽しんでもらいたい、というのもあります。 

もう少し時間を頂きたいという、かなりな欲が出てきてしまいました。

皆様! 病気に負けない体で思い切りチャレンジしてください。 応援もよろしくお願いいたします。

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