新元号 令和

決まった年号の「令和」について考えたこと

2019/06/06

出展は万葉集とのこと。
「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」
平成まで二百四十七の年号は、中国の古典から文字を選んで決めてきた。今回は日本の万葉集から出展を求めた。有識者・その筋の権威と言われている人たちが選んだいくつかの候補の中から、これまた、今の日本社会の中でこれは!と思う人たちを数人選んで、お話合いをしてもらい、決まったという事のようです。 へそ曲がりな者ですから、裏読みをしました。
現在、中国とは政治的に必ずしも良い関係ではない。安倍首相をはじめとして、右寄りの人たちにしてみれば、中国由来は絶対に嫌なのではと感じたのは私だけでしょうか。
安倍首相の日頃の言動を忖度すると、今回の年号は日本の古典籍の中から選び出すことを、最初から有識者の人たちに言って、候補を選ばせたようにも思えます。

そもそも年号は、時の権力者が、これからの世の中はこうしたいという気持ちを込めて、決めてきたわけです。 争いがあった、飢饉があった、病気になった、という事で変え、権力を握ったから変えなどしてきたわけです。
そしてこの度、安倍総理のもとで、「令和」という年号が決まりました。決まりましたではなく、決めました。他の年号の候補については、なんの想像も働かなかったのですが、「令和」だけは反応してしまいました。
和の文字については、なんの感想もありません。違和感なく受け入れられるだろうというのも考えたのでしょうか。これはひねくれすぎでしょうね。

「令」=みことのり、させる、召使い を表す。(字通・白川静)とあります。
「令」という文字から想像すること→ 法令、命令、指令など
「レイ」という読みから想像するもの→ゼロ、冷たい、霊魂のレイ

不勉強で、「令月」からの「令」とは思いませんでした。そもそも「令月」という言葉そのものを知りませんでした。 令嬢、令夫人なら知っています。冷たい感じ。

今までの年号にも「令」という字は使っていません。それだから、今まで使っていない字だから、これからの日本の未来を考えたから、初めての字を使ったのだという事なのでしょう。それが「令」だったという事です。確かに、万葉集から由来していますという事についてなんのかんのは言いません。 しかし、梅の郷、大宰府というのは、後世、大伴家持にしても、菅原道真にしても、非業の死を遂げた人に関係した土地であるというのが心の中にあります。時の権力者が恣意的に目障りな人間を陥れて、排除した先の土地という印象がぬぐえません。
現在の政治の中枢にいる人たちに、「令」という文字の発する印象がどんなものかを考えるという発想を期待するのは無理なのでしょうか。
時代の流れというのが、一人の人間の思うように流れていくのではなく、みんなで流れに乗っていくのが楽だからそれに対して抵抗しないとき変な方向に進みがちではありますが、できたら、これからの時代良い方向に進めるには何が出来るのだろうかと私を含め、一人ひとりが考えてくれることを望みます。

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